2018年03月21日
科学的人生論 後編

2018.3.18 初御代桜ー大津・皇子山公園
武田邦彦さんの科学的人生論を昨日読み終えた。科学的という言葉は依然?です。
中盤は興味というか共感は今ひとつだったが、さすが「4章の社会」と最終章「5章の人間・日本人」は面白かった。
4章; 勝てば官軍の思想(勝てば正義ーアメリカの思想)ー原子爆弾も正当化。アメリカ統治のWGIPーNH*やA新聞の変節、日本民族の誇りの放棄。四日市と水俣での市民運動ー責任追求か今後どうするかどちらを選ぶ、今の沖縄の反基地はいずれか。アイヌは2000年間も争いをしなかった民族ー彼らから学ぶこと、など。
5章; 江戸時代の後半に訪れた外国人モースが「日本の住まい」という本の中で
「鍵を掛けぬ部屋の机の上に私は小銭を置いたままにするのだが、日本人の子供や召使いは1日に数十回出入りしても触ってもいけないものは決して手に触れぬ」
また、道端で婦人が湯浴みをしている、未開な文化の低い国と思う。でも浄瑠璃や歌舞伎と言った高い文化も持っている、不思議だ。
答えは法の整備ではなく道徳の違いにあった。「触れていけないものは触れない、見ていけないものは見ない、していけないことはしない」
ところが明治になって舶来の学問かぶれが「裁判では自分が悪いと言ってはいけない」なる異文化の侵入で日本の道徳観を捨てた。
そんなところが私の理解。
これまではネットでの武田さんしか知らなかったが、この本によりそのバックボーンの一端を知ることができ、やはり並みのコメンテーターではないな思った次第です。日本をこよなく愛されています。