2018年03月18日

科学的人生論


2018.3.17 京都・ 松ヶ崎駅近辺 早咲き桜でしょうか

武田邦彦さんの「科学的人生論」を読んでいる。

厳密には読み返している。すでに50Pくらい読んでいたが、頭に入らず読み返している状態。

武田さんはすでに紹介している人で「温暖化はうそ」の論者。虎ノ門ニュースで去年からいろんな見解を聞いている。当初はもうひとつ受け入れ難かったが今は好きな人物の一人です。
この本はご本人推薦ゆえ、読んでみようと内容を確認せずに購入してしまった。科学的人生論とは程遠い気がする。どちらかといえば宗教じみているかもしれません。
でも、なるほどと思うところもあり、読み返しているところです。ーー理解不足ゆえの読み返しです。

○ 今まで読んだところでの印象的な言葉は南アフリカの反アパルトヘイトでノーベル賞をもらったマンデラさんの言葉、

「生まれながらにして肌の色や出身や宗教を理由に他人を憎む人は誰もいない。憎しみは後から学ぶものであり、もし憎しみを学ぶことができるなら、愛することも教えられるはずだ。愛はその反対の感情よりも、人間の心にとって自然に馴染むものだから」

なるほどと思った。南アフリカの人種差別はそうだなと思う。同じようにK国やC国の反日教育もまさに憎しみを教えていることになる。指導者にマンデラさんの言葉を実行して欲しいが、不幸な歴史が長すぎて無理なのでしょうか。「幸せとは何か」というこの本を読んでもらいたいが無理な民族なのでしょうか。

○ 願いを叶えること
「事のなるならぬは天に任し、自分はひとえにその日その日の務めを全うすれば足る」 新渡戸稲造のことば

武田さんは別の言葉で表現しています。段階的に記述してあり、最後の言葉が結論
1)願い事を叶えたいと思うこと 2)願い事は叶うと信じること 3)向こうから来るものを拒まない
4)願いとは自分とができること 5)願いとは将来ではなく今日のこと
今日の自分の行動そのものが願いであり、それが幸せというもの

上記とほとんど同じ、幸せとは
1)(今)不幸であること 2)今日1日だけ生きること
今不幸ならあとは幸せしかない、今日1日生きてたならそれが幸せ

その他のキーとなる言葉
○ ひとは「真実であって欲しい」と願うことを信ずる
○ 「献身」すれば幸福は向こうから来てくれる
○ 他人のことを第一にすると幸福になれる

とりあえず第1章の分のみで気になったところを抜粋しました。正直、武田さんの印象が全く違ってきました。

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昨日、ハイキングに行き、大阿闍梨さん(延暦寺)のところで奉仕活動をしている方に質問しました。

Q; 大阿闍梨さんは千日回峰行でどんな悟りに行くのかな
A; 他人の有難みがわかる、他人があっての自分。お加持はその感謝の気持ちの表現。---あくまで自然体であり、借りを返すということではない

最近の出来事も聞いた。頭に怪我した人が医者から状態が良くないので再度縫合などの処置がいるので安静にせよ、と宣言される。たまたまお加持を受ける機会があり、大阿闍梨の判断で特別丁寧なお加持を受けた。医者は処置不要との結論をだし、ご当人はびっくりして改めて大阿闍梨に感謝する。このパワーの件は別途記事にする予定。
以上は歩きながらの伝聞ゆえ相当いい加減です。間違っていたら私の理解不足です。

それ以外にも話したのですが、本題の人生論の見解とあまりにも同じなので本当にびっくりしました。「今日1日生きてたならそれが幸せ」は一つの例で「人のことを第一にすると幸福になれる」も見方によっては同じです。

私の結論としてはその領域の達人と言われる人たちは同じ結論の域になるのかなと痛感した次第。私のような凡人は、そこまでのことはできないので努力目標と言いたいのですが、それはすでに「今日1日を生きる幸せ」ということに反するので「自分に忠実に無理しないで1日を送る」ということになるでしょう。
  

Posted by まめちるたろう at 03:37Comments(0)