2017年08月20日
会社OBハイクがついにジャンプ

2017.8.19 ポンポン山・川久保渓谷
きのうのOBハイクはポンポン山に行く。19名の参加があり、2011年の4月の背割堤の桜鑑賞18名も越える企画となった。
人数的には6年振りの快挙であり、更に内訳をみると滋賀支部で8名、他支部で9名、他2名。また、他支部の内3名は現役ゆえ、すごい出来事でした。
客観的には大した人数ではないので、なーんだという感想になるかもしれませんが、通常は概ね10名前後の参加者しかいないので、数を増やすため(別の言い方をすれば、支部活動の活発化、他支部との交流、将来を見据えた若手の参加)にいろいろと手(休日に設定、他支部の協力のお願い)を回した成果が出たといえるでしょう。
これからもつながればいいのですが、結局は企画しだいでしょう。特に今回はポンポン山ゆえ大阪のひとにとっては抵抗なく参加できたことが大きかったのでしょう。かといって、人数のみのために大阪周辺にこだわるわけにはいかないので地道に努力していこうと自分に言い聞かせています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先日紹介した「DHCテレビ」は推奨ネットニュースです。地上波のニュース等では物足らない方にはよさそうです。毎日のニュース項目を別の視点から紹介しています。もし、視聴してトンデモナイと思われたら直ちに止めてください。ひとによっては許容範囲を超えるかもしれません。なお、you tube で 「DHCテレビ」 の言葉で検索しても視聴可能です。
2017年06月19日
OBと現役の繋がり

2017.6.13 比良・長池周辺の湿地帯
先日会社OB会の行事で工場見学があった。
通常であれば先輩・後輩との久しぶりの出会いという雰囲気となるのだが、わたしの場合はそれに加えて、一緒に山に行っている仲間との出会いでもあった。
以前から紹介しているように、OBハイクの若返り(現状では毎年1歳づつ高齢化)、将来のOBハイクの人材の育成(オーバーな表現ですが、適当な後継ぎを意図的に作らないと継続が困難でしょう)が課題であった。
この打開のため現役込みでOBハイクを実施する体制(休日に実施、現役で広報活動)に代え、現役の参加を進めてきた。
ようやくここ数か月で2-3人の参加のケースがあり、今後も継続しそうであり喜んでいた。工場でその参加者とも出会えた。
一緒に山に行っている仲間であり、わたしにとっては会社の先輩・後輩の関係とは幾分違う。
いずれ彼らとも納会などの場で語り合う場面がでてくるでしょう。楽しみにしています。
以前、京都北山に行ったとき、ひとつの団体と出会った。かれらはどこかの会社のOBと現役であった。雰囲気が若々しくうらやましく思っていた。どういうきっかけで、そういう団体になったのかは不明だが、OBハイクの継続というちっぽけな意図ではなく、仕事などの面でもつながっているように見えました。いろんな面でつながりを持つOBと現役のグループが理想系かなと勝手に思っています。
2017年06月16日
会社OB会活動

2017.6.13 比良ー出来たてヤマボウシとタニウツギ
会社OB会は退職したOBで構成されているが、OB会に入会するかどうかはご本人の意思次第。
最近では入会するひとも減っていると聞いている。たまたま知り合いが入会しないので手紙でお願いしたが、返事すらこなかったというケースもあった。会社内でのいろんなことが影響しているのでしょう。
わたしは入会しないという発想はなかったので入会はしたが、毎年の支部総会と春と秋の数回のハイキングのみに参加するという形だけの入会者であった。
これからの内容については記憶のあいまいさのため正確さが大いに疑問ゆえ適当に。
山のグループに入会し、山の友達ができるとともに、いろんな山を体験でき、それらをHP(ホームページ)で残してきた。これらがあとあとのOB活動に大いに影響する。
まずは支部のハイキングを担当することになり、支部の世話役のひとりとなった。その後、本部の会報誌の編集委員のひとりとなり、それがきっかけでOB会全体のHPの立て直しに取り掛かることになる。
HPについては立て直しが完了し、各支部HPも順調に推移。一時期、本部のHPも担当し、自分なりにやったつもりだったが、結局外注となりつい先日、身を引く。また数年間続けた編集委員もマンネリ打破という名目で後任にバトンタッチ。
ということで、現在は支部ハイクと支部HPのみ担当しているが、編集委員を経験したおかげで他支部行事への参加の良さもわかり、オーバーにいえば幅広く参加しているといえる。本日は本社支部行事「日本人の心視て歩き」で工場見学と来迎寺。
わたしは山の活動がメインで会社OB活動はそれなりに参加しているつもり。一方、学校の同窓会活動は一番近い老人大学のOB活動のみで中学・高校などの活動はほとんど不参加(当時の記憶がほとんどないのでついていけない場面が多い)の状況。
最近の変化点は地域で山のグループを立ち上げようとしていること、個人ハイクを実施しだしたことの2点。いずれも止めた編集委員の時間枠相当と考えてもいい。
冒頭のOB会に入会されなかったひとはもともと活発なひとゆえ、恐らく他の分野でご活躍されていると信じています。
2017年04月15日
会社OB会(栃木にて)

2017.4.13 東京・六義園の新緑
昨日OB会が開催され無事終えることができた。聞いてみると6年ぶり(私は覚えていない)とのことゆえ、幹事(私)がいかにサボっていたかがわかる。
それはそれとして、多くは関西方面から栃木に行くわけですから半端な出費ではないので参加者ご本人意思がポイントとなる。
会社で実施されたOB会の後、懇親会、二次会と久しぶりの出会いに親交を深めた。おかげさまで喉の調子が悪い。
私は今回で幹事を辞め若手?に引き継ぐ。本日の朝、集合写真の撮り忘れに気づく。ボケゆえ仕方ないです。
本日は大磯でボランティアガイドをしているOBに案内をしてもらう。神奈川県は全く縁がなかったので楽しみにしている。
関東の旅も中日を迎えた。
2017年02月19日
うれしい出来事 完結編

2017.2.18 信楽・笹ヶ岳の雨乞岩
2/2にうれしい出来事としてOBハイクに現役3名参加を取り上げた。
きのうそれが実現した。現役参加は1-2年越しの念願であったので本当にうれしい。実施日を休日に設定したり、Tさんという「現役につながりを持つ」メンバーにお願いした甲斐がありました。
しかも疲れ知らずの様子であったので、更にうれしい。間違いなく今後につながるはず。
現役に女性も含まれていたが、OBメンバーに女性も入っているので不安も和らいだであろうと勝手に思っている。
先日も記事で取り上げたが、OBと現役のつながりをしくみとして作っていこうという動きもあり、ハイキングのみではなくいろんな行事で合同して実施する機会が増えていくでしょう。
喉の調子はなぜか急によくなったようです。きのうは極めて調子がよかった。気分がよかったからでしょうか??
2016年12月29日
出向先OB会の開催

2016.12.25 鈴鹿・天狗堂
年末の忙しい時期に会社OBの先輩からTV出演の情報があり、HPに記載したり、いろんなやりとりをしている内に出向先のOB会を開催をしようという話になってしまう。
この先輩は大磯で観光ボランティアをやっていて、元々目立つ人物ゆえ率先して出演した可能性が高い。関東の番組ででたあとで、来年は関西の番組でも登場とのこと。
この先輩とは出向先で一時期一緒に過ごした仲。不思議なもので出向仲間は仲良しで、先に記載したようにいつのまにかOB会開催にまとまってしまう。
仕方なく、住所録の整備にあたる。年賀状も終えたのでいいかと思う。2013年がベースゆえ、メールアドレスの無効も多く、住所録の更新も手間がかかる。本日早朝に住所録更新も終え、皆さん送付して情報入手と連絡をお願いする。OB会開催は来年の春の予定。
さて、ついでに年賀状のこと。
筆ぐるめというバージョンが14という古いソフトをwindoews10で使っている。印刷トラブルが頻発するのでソフトの更新(アップグレード)も考えるのだが、余命やいつまで続くかなどと考えると、たった3000円くらいの費用だが踏ん切りがつかない。先日実施した車のサビ修理の50000円は払うのに3000円をケチっている。
年賀状でもっとも手間のかかるのはデザインの検討でしょう。うちの場合は通常、干支の絵とふたりの写真を組み込んでいる。干支の絵は家内の作品、ふたりの写真はどこぞに出かけたときの写真。数十年前には樹氷の中で撮ったこともあったが、最近は滅多にいかない観光地で撮ったもの。幸いにして11月に九州に行ったので確保できた。
2016年12月24日
ことしの振り返り その6(会社OB編)

2016.12.23 KKG例会;御室八十八ヶ所巡り
今年の振り返りもそろそろ終盤です。今回は会社OB編。
会社OB編は会社OBとして何をしているかということ。大きなタイトルになっている理由は簡単で、学校の同窓会や同期会活動はゼロに等しくほとんど話題はなく、会社OB活動しかないということ。
以前、中学の同期会に参加していた。が、やはり地元の話題がメインであり、わたしが別の土地でなにをしていようが関心事ではない。また、高校の同期会も参加したことはある。が、当時の記憶がない。従って、参加してもネタについていけない。こんな悲惨な状況です。
会社OB活動としてはホームページ改善・維持活動(本部トップと滋賀支部)、支部の世話役としての活動、会報誌の編集作業の活動。
来年の春にはホームページ改善・維持活動(本部トップ)、会報誌の編集作業の活動はなくなるので、支部活動に専念できることになる。
今年のメインは「ホームページ改善・維持活動(本部トップ)」と支部の世話役としての活動(支部活動の活発化の支援)の2点。
「ホームページ改善・維持活動(本部トップ)」は経緯(幾分複雑ー支部活動の活発化も関連)は省略し結果のみ。従来のわたしの枠を大幅に破って大胆なデザインとした。かつ、レイアウトも自分の納得のできるように改善?。いずれも来年の春の後任者がどんどん変えていくでしょう。じっと見守ります。
支部活動の活発化の支援については自分なりにやりきったつもり。ひとりでやったわけではなく、支部長との共同作業であり、新規サークルの立ち上げの担当者の努力のたまものです。テニス、カラオケで前進、グランドゴルフで下地つくりといったところ。
自ら担当のハイキングについては現役参加を意図し曜日変更、他支部との積極的交流の推進など実施。まだ、ひとりかふたりの増加くらいの成果ですが今後に期待しましょう。
2016年10月12日
変化点・転換点

2016.10.4 奈良・石上神宮の木の上に飛んだ鶏
前の記事で紹介したように「大津祭の曳き手ボランティア」も来年からは参加不可。不思議なもので、会社OBの会報誌の編集委員も来年にはお役御免(交代要員があっさり見つかったということは交代せよという神のお告げでしょう)の様相となってきた。
体調が芳しくなくて山は2日を空けることを必須としているので、最近は山行参加が減っていた。上記の参加不可などは山に行ける機会を増やしてくれるので正にグッドタイミングといえる。また、車旅や観光に行ける機会も増えそうです。
車旅や観光はハイキングのないときに行っているだけゆえ、滋賀県や北関東(出向先)、富山(出身地)はほとんど網羅しているとしても、他の地域については極端にいえばほとんどが未体験ゾーンです。
きのうBS放送の「空から・・・」の番組で富山の紹介をしていたが、知っていてもいいのに、まだまだ知らないところが多いと感心。富山でこのありさまゆえ、あまりにも雑い旅(富山と滋賀を往復しても日帰りが多いゆえ途中下車はほとんどない)をしていたなと少し反省。
「山は2日空け」を活用して、観光・車旅もするかという心境になりつつある。
2016年09月26日
ガスの比叡山延暦寺

2016.9.26 比叡山延暦寺西塔
先週の金曜に予定されていた会社OB行事が天候不良予報で本日9/26に変更。なんと昨日の天気予報でPMは60%?の予想。
いまさら中止はないということで家内とふたりで参加。シャトルバスを利用して西塔と東塔めぐりとなった。
結果的には60%予想は外れ、ほとんど傘不要の天候、むしろ写真にあるようにガスが比叡山をより一層厳かな雰囲気を作ってくれた。
いつもはハイキングで通過しているだけの根本中堂や釈迦堂などの内部を久しぶりに見学した。
なお、延暦寺バスセンターまではケーブルではなくドライブウェイを利用。
2016年07月14日
振り替え輸送初体験

2016.7.11 金剛山・夫婦杉
きのうは月1回の会社OBの会報誌の編集会議。
帰りは19:30大阪発長浜行きの新快速。高槻までは順調に進むが、高槻駅から進まない。山崎駅で人身事故とのこと。
すぐに振替輸送の案内があったが、わたしは確認もせずバスだと決めつけ、バスで京都はないだろうと座ったまま。
更に時間がたち、この新快速は高槻駅止まりとなり、振替輸送で目的地に行くようにとのアナウンス。
振替輸送に慣れているのか皆さん慌てることなくゆっくりと出口に進む。どうもバスではなく阪急の高槻市駅に向かっているようだ。
ひたすらついていく。高槻市駅で振替輸送の帳票を受け取り京都方面に向かう。帳票を見ると烏丸から京都に行けるようなルート図があるので地下鉄にも乗れるのだろうとまたまた勝手に思う。
案の定、地下鉄も帳票を見せて改札よりはいる。京都駅でその帳票をダンボールのBOXに入れて振替輸送は完了。
本来15分(高槻ー京都間)で行けるのに45分以上かけて無事京都に着く。湖西線に幾分かの遅れがあったがその後は順調。
初めての振替輸送体験であったが、この素晴らしい体制に大いに感心し感激した。不慣れなひとたちは駅員となにかやりとりしていたが、大半のひとは無言でひたすら歩いていた。わたしは全くわからないものの無言で歩く集団にひたすら付いていったら京都駅に着いたということ。
いまから思うと、せっかちなひとは最初の振替輸送のアナウンスで席を立っていた。でも大半のひとは該当列車が高槻止まりのアナウンスで動き出した。まったくあせっていない。
いい体験をしました。